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日本の食料

2026年10月01日

 今日から10月に入りました。ついこの前「今年も田植えが始まったなあ」と思ったような気がしますが、あっという間に稲刈りのシーズンになってきました。私は当然ながら毎日、伊佐の風景を見ながら仕事し生活しているのですが、今月のテーマは「日本の食料」にしました。はじめは別のテーマで書こうと思っていたのですが、直前になって考えが変わりました。その理由は、私に最近入ってくる情報の中で、伊佐の基幹産業である農業の中でも特に「伊佐米」に関する情報があまりに厳しい内容のものばかりだったので急遽変えることにしました。当初取り上げようとしたテーマは下記の職員に対するメールで紹介することにしましたのでよろしくお願いします。
 さて、これまで日本人の主食である米の生産については、戦後81年を経過した今日まで政府によるいろいろな政策を経ながら現在に至っているわけですが、ここ数年の急激な変化に農家の皆さんがこれほど翻弄されたことも珍しいのではないでしょうか?
 私の実家も専業農家でしたので、小学生の頃から日曜日になると田植えや稲刈りの手伝いを頼まれ(強制的に?)嫌々ながらも兄姉とともにできることを手伝っていたものです。その中で、農作業終了後の夕食のときに父や母の会話が鮮明に残っているわけですが、私が小学生だった約50年前と比較して数年前までの農家からJAに引き取られる価格に大きな変化はなく、よくもまあ日本の農家の皆さんは今まで頑張ってこられたものだと改めて思うのです。
 現在、私の実家の田や畑は、近所の後輩が後継者として頑張っている農家にお願いしていますが、当時では私の実家の規模は地域では規模の大きな農家と言われていました。しかし仮にその当時の田んぼと畑の面積、そして畜産(赤牛)の複合で現在経営をしたとしても、とてもじゃないですが成り立つはずがありません。その理由は当然ながら農政を取り巻く環境が大きく変化してきたからです。
 私が小学生だった約50年前頃の日本の食料自給率はカロリーベースで約70%台、生産額ベースで約80%台でしたよね。しかし、現在はカロリーベースで37%、生産額ベースで60%台と言われています。何故、これだけ落ち込んでいるのか?それは言わずと知れた日本で生産できる農産物であっても輸入量が増えていることや和食中心の食生活から洋食志向へと食生活習慣が変わってきたことも大きいのではないでしょうか。人が生きていくうえで食が最も重要であることは言うまでもないのですが、最近では食によって認知症やうつ病の発症リスクを高めることもあるとの報告が出されるようになってきています。
 今回、私が申し上げたいのは、日本で生産し安心して賄える主食の米や農産物を、何故、量の規制も甘く輸入しなければならないのかということです。3年前までは米の価格が安価で農業後継者が育たない状況が続いてきていましたが、一昨年と昨年は米の価格が持ち直し伊佐市でも農業後継者が微増しました。日本の農業、伊佐の農業に少しの光が見えてきたと思った矢先、今年の米の価格は昨年の半額近い状態になると予想されています。こんなことではこれまでどおり農業従事者は減少の一途を辿りつづけながら農業後継者が生まれることはありません。一体、日本の農地は誰が守り日本の食料は誰が守るのでしょうか?こんなことは読んでいただいている皆さまも十分に理解されていることで今更いうことでもないと思いますが。
 私が子どものころ私の父が言っていましたが、戦後間もないころ食料を求めて多くの人たちが家の戸を叩いていたそうです。高価な品物を持参し食料を換えて欲しいと。「今でこそ給料取り(サラリーマン)は裕福な生活ができるようになってきたけど、以前は、月給は八円、飯は九円(食えん)と言われるほど米は貴重品だった。」
 現在の日本では、多くの要素が重なり物価高騰が急激に進行し厳しい状況に陥っています。企業が製造販売する食料品も例外ではありません。そんな中において何故、日本の農家が生産した農産物である米の価格だけが以前の厳しい時期の状況に戻るのでしょうか?せめて生産コストと人件費が計算できるくらいの価格に落ち着いて安心して農業ができるような状況に変わって欲しいものです。
 物が豊富にある現代においては想像もできないかもしれませんが、災害発生時にお店から食料品があっという間に無くなってしまうことを考えれば、食料品が安定して供給される現在の状況は決して当たり前ではないということですよね。
 先日、今年度100歳に到達される方々や米寿を迎えられた高齢者等をお祝いするために各自宅や高齢者施設を訪問しましたが、お会いした素敵な方々が守って来られた伊佐の農地を次世代へと繋いでいく責任もあります。農政についてこれ以上詳しく書くといろいろな問題もありますので、この辺にしておきますが本気で日本の農業を守ることをみんなで考えることが必要ではないでしょうか?
 少子高齢化の影響により急激な人口減少が進む日本において、一極集中となった現在の大都市や中核都市のあり方、そして私たちのような地方都市のあり方については違うはずで、昔の日本のようにそれぞれの地域において役割を果たしていくことが重要であり存在価値にも繋がっていくものと考えます。そういった意味からも多くの場面で訴えていきたいと思います。

【今回も職員メールを1通紹介したいと思います。】
題名「九州賢人会議所で講師」
 先週の4日(金)は私にとってその中でも特別な日となりました。私が平成12年度から13年度に出向していた、一般社団法人福岡県中小企業経営者協会の当時の会長だった小早川明徳氏が理事長を務められている、一般社団法人九州賢人会議所主催で「令和8年度賢人倶楽部第4回瀚海茶論」が行われ、その中で私が講師を務めることになりました。歓迎のあいさつを「伊佐ふるさと応援大使」の株式会社福岡銀行取締役頭取の五島久氏、その後、県政報告「誰もが安心して暮らし、活躍できる鹿児島の実現に向けて」の演題で鹿児島県塩田康一知事の講演、その後、「地域振興と大口酒造」の演題で大口酒造株式会社有満隆明代表取締役社長の講演、そして最後に「なぜ教育日本一を唱えるのか」の演題で私が講演をしました。それぞれの講演が終われば九州賢人会議所の方々がお礼のあいさつをされるのですが、有満社長と私の後には伊佐市出身の北原さんでした。
 九州賢人会議所の会長は、九州旅客鉄道株式会社の石原進最高顧問が務められており、最後には講評もいただきました。会場には各界で活躍されている多くの方々が来場されており、このような会場で講演をするなどはこれまで縁がなかったのですが、この縁を繋いでいただいたのは、私が出向していた際に大変お世話になっていた、小早川明徳理事長でしたので、本当にありがたいと思っています。出向時に反発もせず、一所懸命に仕事をしていて本当に良かったと思うことでした。(笑)ましてやリクエストされた内容は、伊佐市観光地や特産品のPRではなく、「教育日本一」についてですので驚きでした。講演にいたる調整をした担当職員から聞くところによると「以前橋本市長から教育に対する想いを聞いたときに感銘を受けたから」と言われたそうです。
 塩田知事は資料をスクリーンに映しながら県の事業を詳細に紹介した講演で、有満社長の話も同様に資料を示しながら焼酎文化の歴史と伊佐市のPRを絡めた素晴らしい内容となっており、参加者の関心も非常に高く感じました。しかし私の場合は資料を一切用意することなく、聞いていただくだけの講演でしたので、気持ちを伝えることが重要でした。本当は言いたいことはまだまだたくさんあったので反省したところですが、原稿無しでの講演では仕方のないことだと自分に言い聞かせることでした。そんな講演でしたが、講演終了後には多くの来場者が私の前に並ばれ「とても良かったです。感動しました。」と言っていただきました。伊佐市に帰省してからもメールを送って来られる方、電話をして来られる方が多くおられ、少しは役に立てたのかなと思うことができました。ある方からは、名刺交換する際に「伊佐市に行って見たくなりました」と言っていただきました。観光地や特産品の魅力を伝えることの大切さとともに、市にどういうイメージを持ってもらえるかという観点も来ていただく大きな要素になると考えさせられました。
 先日の議会一般質問で星野議員の質問でも多くのことを考えさせられました。今回、令和2年から令和7年5年間の国勢調査による人口推移速報値が新聞等で公表され、鹿児島県で伊佐市が上位になっていることから、今回のことに限らず、その結果だけを捉えて解決策を示すことなく、責任だけを追及するような風潮が国会をはじめ一般的にある中で、星野議員の質問は全く違う角度からのものでした。昨日のやり取りをインターネット放送で聞いた職員もいると思いますが、現実を直視しこれからのあり方を考えるのが本来の一般質問だと思いました。ここ最近では毎年の平均約70万人が減少していく日本においては、毎年小さな県が一つ消滅していくことになるわけで、東京や福岡等の大都市の一部が人口増になっていること以外は、全国の殆どの自治体で大幅に人口は減少しているわけですから、他の自治体と住民を取り合い数字のみで一喜一憂するのではなく住民の幸福度に目を向けていくことが重要です。
 当然ながら移住政策や伊佐市のPRはこれまで以上に頑張ることには変わりはないのですが、多くのことを考えさせられるいい機会でした。昨日も申し上げましたが感謝したいと思います。今回、残念だったのはこれまで南日本新聞には議会一般質問の後は翌日の議事で紹介されていたのですが、今回は2日とも掲載がありませんでした。記事になるようなやり取りがなかったと思われたのでしょうか?それとも一般質問の記事は載せない方針になっていったのでしょうか?
 今回の議会では、今後の伊佐市にとっていい提案もされています。最初からできない理由を考えるのではなく、どうやったらできるかを考えるようにしながら各課で検討しながら具体的な提案が出てくることを期待しています。まだまだ暑いですが気候に負けない熱い心で頑張って行きましょう。

(9月の公務の主なものについて紹介します。)
 9月1日は10時から瀬戸山氏来室。14時から水俣市立総合医療センター坂本病院事業管理者、山澤医療情報部室長、工藤診療部長来室。15時から三役会議。16時から第6回定例課長会議。
 9月2日は10時から伊佐市議会9月定例会(招集日)。
 9月3日は14時30分から県立北薩病院水流院長先生来室。
 9月4日は早朝より福岡市へ出張し、12時から一般社団法人九州賢人会議所、令和8年度賢人倶楽部第4回「瀚海茶論」食事交流会。12時55分から「歓迎のあいさつ」を株式会社福岡銀行取締役頭取五島久。13時から県政報告として鹿児島県知事塩田康一氏の講演。演題「誰もが安心して暮らし活躍できる鹿児島の実現に向けて」。14時から演題「地域振興と大口酒造」で大口酒造株式会社代表取締役社長有満隆明氏の講演。14時20分から演題「なぜ教育日本一を唱えているのか」で私の想いを訴えさせていただきました。このような格式ある場所で講演をさせていただく機会を得られたことに感謝しています。
 9月5日は8時45分から大口高校体育祭。14時から新納忠元公生誕500年記念事業「古文書から読み解く新納忠元講座」に参加。
 9月6日は8時30分から伊佐市総合防災訓練で湯之尾校区コミュニティ協議会の取組状況を視察しました。9時から第12回伊佐ハーフリレーマラソン開会式に出席し歓迎のあいさつとスタートの合図を行いました。南九州の各県から多くの参加をいただき大変盛り上がっていました。10時から伊佐市総合防災訓練で田中校区コミュニティ協議会を訪問し、訓練と伊佐市女性消防団の皆さんによる講習の様子を視察しました。
 9月7日は10時から株式会社迫田興産から伊佐湧水消防組合で使用する公用車を寄贈いただけることになり寄贈式を開催。18時30分から伊佐市スポーツ協会理事会。
 9月8日は10時から16時まで伊佐市議会一般質問。
 9月9日は10時から16時まで伊佐市議会一般質問。16時30分から全国市長会政策推進委員会WEB会議(給付付き税額控除について)。
 9月10日は一般業務。
 9月11日は8時から子牛のセリ市(薩摩中央家畜市場)。13時15分からSBSネクサード㈱武田氏、野間氏来室。
 9月12日は8時50分から菱刈中学校運動会。10時20分から大口中央中学校運動会に参加しました。両校ともに「前にも後にも無いような思い出に残る素晴らしい運動会にしよう」の趣旨と目標で全員一所懸命の姿が溢れる素晴らしい運動会でした。
 9月13日は9時45分から山野校区コミュニティ協議会敬老会。11時15分から下ノ木場自治会敬老会。13時から八代自治会敬老会に出席し、これまで地域づくりを担ってきていただいたことに対する感謝の気持ちを込めてあいさつをさせていただきました。
 9月14日は10時から伊佐市議会総括質疑。13時15分から行政書士会姶良伊佐支部前田氏、多賀氏、山下氏来室。14時から合同会社グローカルマイナビウム井之原翔吾氏、田畑氏来室。
 9月15日は8時30分から伊佐市肉用牛振興協議会畜魂祭。10時30分から伊佐市秋季畜産共進会。13時45分から伊佐市100歳到達者表敬訪問で亀澤クミ様、箱崎勇様(ガーデンハウス桜ヶ丘)、岩園ツタヱ様(水間病院)、島畑政則様(千鳥園)、松崎輝雄様、久留スミエ様(啓明園)を訪問し、高市早苗内閣総理大臣からのお祝い状を代読で手渡し、私からもお手紙とお祝いを渡しました。どの方も素敵に年を重ねられており、感謝のことばと笑顔をいただき元気をたくさんいただきました。本当にありがとうございます。そしておめでとうございます。17時から全国市長会地域医療確保対策会議(WEB)。
 9月16日は14時から楠元議員来室。15時から伊佐市経営戦略会議(災害対応用システム導入について)。
 9月17日は13時から今年度100歳になられ自宅で生活されている3名を訪問しました。有馬俊憲様、沖田和子様、徳重康男様でした。17時から全国市長会社会文教委員会(WEB)で令和9年度学校給食費の概算要求について協議しました。
 9月18日は13時30分から「黄金の俳句コンクール」審査会に出席し、最優秀賞、市長賞、教育委員会賞を決定しました。
 9月19日は12時に出発し、神戸へ向かいました。17時から関西伊佐の会役員の皆さまに懇親会を設けていただき参加しました。貴重な意見交換ができました。
 9月20日は9時から「関西かごしまファンデー」に参加。9時30分過ぎから伊佐市特産品販売。11時50分から各地域首長よりPRタイム。多くの来場者で賑わい伊佐市の特産品もたくさん買っていただきました。
 9月24日は10時から伊佐市議会本会議5日目。14時から隼人会の介護老人保健施設はやひと、14時40分から特別養護老人ホームことぶき園、16時から養護老人ホーム敬寿園それぞれに訪問させていただき、各施設で行われた「敬老祝賀会」に出席しました。各施設でのあいさつで申し上げましたのは、これまで日本、鹿児島県、そして何より伊佐市張発展のためにご尽力いただいたことに対するお礼と各施設で日々業務にあたっておられるスタッフの皆さまに対する感謝の気持ちでした。今回も今年度に100歳になられる入所者9名の方々に高市早苗内閣総理大臣からの賞状と記念品、伊佐市からのお祝い、私からのお手紙をお渡ししました。皆さまからは「ありがとうございます」と言っていただき感動したところでした。今年も訪問できて本当に幸せな時間をいただきました。
 9月25日は8時から伊佐湧水消防組合課長会。9時から伊佐湧水消防組合初任教育課程修了(県消防学校)報告のために徳田消防長と5名の職員が市長室に来てくれました。
半年前からすると立派になった姿を拝見し嬉しく思いました。13時30分から川内川河川事務所原田所長他3名来室。14時30分から伊佐市の特産品開発で県知事表彰を受けられた「ふる澤」と「大口グリーンホテル」の代表者が報告のために来室。
 9月28日は10時から川内川河川整備基本方針変更に係る意見交換会出席(WEB)。河川整備基本方針検討小委員会中北英一委員長をはじめ国土交通省水管理・国土保全局河川計画課河川計画調整室磯部室長や同山口課長補佐、九州地方整備局石田河川部長、川内川河川事務所原田所長に出席いただき、川内川における地域の実情や治水等の思いを聞いていただき川内川水系河川整備基本方針変更の審議における要望等も行いました。13時20分から鹿児島県秋季畜産共進会出品者5件の畜産農家を激励のために訪問しました。5件の農家の皆さんからいろいろな話を聞きながら今後の対策について考えることでした。各農家ともにさすがに県大会の代表になられるだけあって牛舎の管理もきれいにされており感心しました。
 9月29日は7時20分から秋の全国交通安全運動推進セレモニー及び伊佐人の波作戦行い主催者あいさつで交通事故撲滅に対する協力のお願いをしました。35団体約250名の参加があり感謝でした。11時から伊佐湧水環境管理組合策定の地球温暖化対策実行計画の改定についての説明を受けました。15時から鹿児島県環境保全協会要望活動。17時30分から北さつま農協伊佐金山ねぎ振興会懇親会に出席。
 9月30日は8時45分から令和8年度新規採用職員訓示。9月末で伊佐市職員としての「条件付採用期」が終了し、10月1日から正式採用となることから宣誓書の提出と訓示を行いました。13時30分から今吉直樹氏来室。14時30分から鹿児島森林管理署白濱署長来室。

 最後に先日読んだ本の中に作家の西村滋さんの「人間は義務だけでは駄目だ」の題名で体験記がありました。「孤児院から逃げ出した際に、あるパン屋さんの店先で菓子パンを失敬したことがあり、そのパンを食べる前に刑事さんに捕まって年の瀬を豚箱で迎えることがあった。少年院に回されるとき自分を捕まえた刑事さんに連れられ、バス停でバスを待っていると、向かい側にあった駄菓子屋さんに売れ残った菓子パンが二つだけあった。それを刑事さんが買ってきてくれ、「バスが来ないうちに食っちまえ」と。袋の中には二つあり、当然一つは刑事さんが食べると思って、一つだけとって返したら、ニヤッと笑って「ばか、一人で食べていいんだよ」と言われた時に急に涙が溢れてきた。本来であれば刑事さんは僕を逃がさないように警察から少年院に届ければ役目は終わりだった。その「しなくてもいいこと」をされた僕が八十六歳になっても一所懸命に話をするくらい心に植え付けられたの何故でしょう。人間は義務だけでは駄目。報酬をいただいて義務を果たすのは当たり前。義務の上に何がくっつくのか、人間として何がくっつくのか。そこが大事だ。」
 この記事を読みながら自分もそうありたいと強く思うことでした。今の日本の教育現場でも同じことが言えるのではないでしょうか?これは学校だけでの話ではありません。教育日本一を目指す伊佐市において重要な内容だったと思います。
 今回のことも教訓の一つとして心に刻み諦めずに頑張っていこうと思います。今月もよろしくお願いします。

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