【特集記事】空き家バンクブラッシュアッププロジェクト✖️鹿児島高専生【山野校区編】
2026年04月13日
【特集記事】空き家バンクブラッシュアッププロジェクト✖️鹿児島高専生【山野校区編】

鹿児島工業高等専門学校の学生さんたちが、今年も伊佐市へやってまいりました。
去年は「伊佐移住の魅力」レポートを作成。そして今回は空き家バンク内で使用予定の「地域の特色をまとめた記事」を作成してくださいました。
これまであまりサイト内で触れることができていなかった「移住後のその地区での生活」に学生さんが着目。その解明度を上げる事で、物件をより魅力的に見せ、成約率の向上させる事を目的としております。
今回は作成にあたり学生さんたちが湯之尾校区と山野校区へと訪問。地元の方へのインタビューやフィールドワークを通して体感した事が内容となっております!
こちらの記事は伊佐市の移住定住サイト「ここがいーさ」内の空き家バンクの物件情報に添えたり、サイト内に追加予定の「校区別情報」に掲載予定です。
→→『湯之尾校区編』はこちらからどうぞ!
→→鹿児島工業高等専門学校とは?そして生徒さんがなぜ伊佐市に?、、などなどの内容も盛り込まれた高専生による「伊佐移住魅力」のレポートはこちらから! レポート第1弾、レポート第2弾
それでは、鹿児島高専生による記事
「山野校区編」ご覧くださいませ!
山に囲まれた暮らし ― 山野という地域の魅力
鹿児島県伊佐市にある山野地域は、山々に囲まれた自然豊かな場所である。かつては多くの人が暮らし、にぎわいを見せていたこの地域には、今もなお、自然とともにある落ち着いた暮らしや、人とのつながりが残っている。本記事では、山野の歴史や現在の様子から見える魅力について紹介する。
活気溢れるかつての山野
山野地域は、かつて山野線を中心に発展してきた地域である。この鉄道は熊本県水俣駅と鹿児島県栗野駅を結び、多くの人々の仕事や生活上の移動を支えていた。1988年の廃線まで、地域にとって欠かせない存在であった。
また、山野地域周辺に布計金山や牛尾金山といった鉱山があり、農業とともに地域の産業を支えていた。さらに、山野線に乗って水俣の工場へ働きに行く人も多く、かつての山野は活気溢れる地域だった。
昭和30年代、5, 6人もの子どもがいる家庭が多く、そのため、山野小学校には最大で1100人ほどの児童が通い、中学校にも750人ほどの生徒が在籍していた。大勢の住民の消費活動を支える商店街は約1kmにわたって続き、米屋や野菜、魚、肉を扱う店に加え、独自の蔵元を持つ焼酎屋さんは3軒もあったという。

▲かつての賑わいを静かに物語る山野駅跡
山野の自然
現在の山野は、人口約2000人の地域であり、そのうち70歳以上は約900人で、高齢者は人口の半分近くを占める。産業として主に米やネギの農業が営まれており、自然とともにある暮らしが続いている。
山野は盆地に位置しており、夏は暑く、冬は寒いという特徴がある。伊佐市は鹿児島県の北海道と言われるほど寒さが有名であるが、山野はその伊佐市街地よりもさらに気温が数度低いという。
かつては積雪が30cmほどになった年もあり、小学校が一週間休校になったことや、山野線を走るSL列車が立ち往生することもあった。しかし、SLは火を絶やすことができないため石炭を入れ続けており、その周りは暖かく、自然と人が集まる場所になっていたという。このような出来事からも、当時の暮らしの様子や人のつながりを感じることができる。
また、空気が澄んでいるため、夜には美しい星空が広がる。南日本でしか見ることのできない星を観測することができるのも、この地域ならではの魅力である。
山野には豊かな自然を活かした観光スポット、十曽池公園がある。公園ではキャンプや川遊びを楽しむことができ、キャンプ場は年間400〜500人ほどが利用している。また、昔はボートに乗ることもできたという。

▲爽やかな風が吹く十曽池公園
さらに、山野から「伊佐富士」と呼ばれる鳥神岡をはじめ、山野を三方面から囲む山々の稜線を一望できる場所がたくさんある。地域の人々からすると日常的な風景であるが、外から来た私たちにとって実に気持ちのいい風景だった。空気が澄んでいるからこそ、山の形がはっきりと見え、春には木々の葉のコントラストや、山に投影される雲の影が息を呑むほど美しいものだった。こうした自然環境は、日常の中で四季を感じながら過ごすことができるのは、山野ならではの魅力である。

▲壮大な山野の眺望
温かく、逞しい山野の人々
山野では、人と人とのつながりの中で暮らしが営まれてきた。かつては、畑仕事をしている人に声をかけてお茶をすることが日常であり、自然と人が関わり合う関係があった。
現在でも、高齢者は散歩やグラウンドゴルフ、サークル活動などに積極的に参加しており、健康を意識した生活を送っている人が多い。子供に面倒をかけないよう、自分たちの生活を自分たちで支えようとする逞しい姿勢が、山野の暮らしにしっかりと根付いている。
また、広大な面積をもつ山野であるが、それぞれの集落の中に必ずと言っていいほど「物知り」の老人は数名いる。この地域での暮らし方や、人間関係、人々の現況など、ネットで調べても出てこない知識を持っている。現代の若者はあまりにもプライバシーを重視してしまうせいか、孤独に陥ることが多く、真に困った時に助ける人がいない。一方で、山野では、こうした「物知り」老人を接点に地域が強く結びつき、お互い支え合う暖かい暮らしができる。

▲集会場の窓に貼ってあるお花見の知らせ、シュールで愛嬌がある
新しく事業を始めるという視点
山野で新しく事業を始めることについては、簡単ではないという声もある。安定した所得を得られる仕事が限られており、農業についても収入とのバランスが課題になる場合がある。
農業の課題として、冬の厳しい寒さで育てられる作物は意外に少ない。また、営農に必要な初期投資が大きく、国の支援があったとしても、決して安易にスタートできるものではない。
一方で、現在地域で農業や畜産業などを行っている5, 60代の人の中には、後継者がいない場合、意欲と根性のある人であれば、引き継いでもらってもよいと考えている人もいる。そうした形で受け継ぐことができれば、比較的スムーズに営農を開始することができる。
山野での暮らしという選択
山野は、かつてのにぎわいの歴史と、現在の落ち着いた暮らしが共存している地域である。自然に囲まれた環境の中で、四季を感じながら過ごす日々や、人とのつながりを感じる暮らしは、この地域ならではのものである。
静かな環境の中で、自分のペースで生活したい人にとって、山野は一つの選択肢となるだろう。これまで受け継がれてきた地域の暮らしの中で、新たな生活を築いていくことができる場所である。
取材を通して
現在でも高齢者がいきいきと活動している様子から、自分たちの暮らしを大切にしながら生活している地域であることが分かった。山野には、便利さとは異なる魅力があり、その中での暮らしには多くの価値があると感じた。この地域での生活は、人との関わりや自然とのつながりを改めて考えるきっかけになるのではないかと思う。



