【特集記事】空き家バンクブラッシュアッププロジェクト✖️鹿児島高専生【湯之尾校区編】
2026年04月13日
【特集記事】空き家バンクブラッシュアッププロジェクト✖️鹿児島高専生【湯之尾校区編】

鹿児島工業高等専門学校の学生さんたちが、今年も伊佐市へやってまいりました。
去年は「伊佐移住の魅力」レポートを作成。そして今回は空き家バンク内で使用予定の「地域の特色をまとめた記事」を作成してくださいました。
これまであまりサイト内で触れることができていなかった「移住後のその地区での生活」に学生さんたちが着目。その解明度を上げる事で、物件をより魅力的に見せ、成約率の向上させる事を目的としております。
今回は作成にあたり学生さんたちが湯之尾校区と山野校区へと訪問。地元の方へのインタビューやフィールドワークを通して体感した事が内容となっております!
こちらの記事は伊佐市の移住定住サイト「ここがいーさ」内の空き家バンクの物件情報に添えたり、サイト内に追加予定の「校区別情報」に掲載予定です。
→→『山野編』はこちらからどうぞ!
→→鹿児島工業高等専門学校とは?そして生徒さんがなぜ伊佐市に?、、などなどの内容も盛り込まれた高専生による「伊佐移住魅力」のレポートはこちらから! レポート第1弾、レポート第2弾
それでは鹿児島高専生による記事
『湯之尾校区編』ご覧くださいませ!
湯之尾の自然と歴史
鹿児島県北部の伊佐市にある湯之尾地域は、川と温泉に深く関わりながら発展してきた町である。自然の恵みを受けながらも、ときにはその厳しさと向き合いながら人々が暮らし、そしてこの地域には湯之尾神舞という伝統が残っている。
水を求めて作られた長い水路
伊佐市は鹿児島県随一の米所だと知られている。その米作りを支えているのは、豊かな水資源である。湯之尾地域にある湯之尾滝はまさに水資源に大きな影響を与えている。かつては田んぼに水を引くため、人々は157年間という長い年月をかけて、約9kmにわたる水路を湯之尾滝に整備してきた。工事の過程では犠牲者も出たとされ、それに関連しているのか、この地域ではガラッパ(河童)伝説も多く伝わっている。

▲湯之尾滝ガラッパ公園にあるガラッパ彫像
洪水とともに暮らしてきた地域
豊富な水資源はよい面だけではない。湯之尾には昔から「ユノオガツカランナ ナガシヤアケン(湯之尾が浸からないと梅雨は明けない)」という言葉がある。それほどこの地域は、洪水災害が頻繁に起きるところであった。
地域を流れる川内川は豊かな水をもたらす一方で、昔は洪水を何度も引き起こした。温泉街もたびたび水に浸かり、人々は洪水とともに暮らしていたと言われている。洪水のあとには温泉街の道路に泥が残るため、乾く前に消防車で水を流して掃除をすることもあったという。このような出来事からも、地域の人々が協力しながら困難を乗り越えてきた様子がうかがえる。
洪水を防ぐための川の工事
こうした洪水を防ぐため、河川改修や堰の整備が進められてきた。その代表的なものが湯之尾井堰である。これらの工事によって、かつて頻繁に起きていた洪水はほとんど起きなくなった。

▲湯之尾地域の治水事業概略図
川の流れが安定したことで、地域の環境には新しい変化も生まれた。井堰の上流には穏やかな水面が広がり、現在ではカヌー競技に適した場所として利用されている。1990年代頃からカヌーやドラゴンボートの大会が開かれるようになり、多くの人が訪れる地域となった。現在では国民体育大会の競技会場として利用されたり、合宿が行われたりと、全国各地から人が集まる場所になっている。また、河辺にはガラッパ公園というユニークな公園があり、たくさんのガラッパを公園のいろんなところで見つけることができる。
一方で、川の環境の変化によって、天然記念物であるカワゴケソウやユノオシダの数が減少しているとも言われており、水環境の変化が自然に影響を与えていることも分かっている。
温泉の町として栄えた湯之尾
湯之尾地域は、1800年頃から温泉地として発展してきた。温泉は湯治の場としてだけでなく、宴会や地域の集まりなどにも利用され、人々が交流する場所でもあった。かつての温泉街には14〜15軒ほどの旅館が並び、 500人以上の温泉客が泊まれるほどの規模だった。さらに3軒の医院もあったと伝えられている。湯之尾は温泉地ランキング上位に入るほどの温泉街としてにぎわっていた。

▲昔の河川だった場所、向こう側は昔の温泉街だった
温泉の枯渇と地域の変化
しかし昭和59年頃、湯之尾温泉に大きな変化が起こる。温泉の湧出量が減少し、温泉の枯渇が始まったのである。さらに温泉街では地盤沈下も見られるようになり、かつての場所で温泉業を維持できなくなった。
現在では、一部の温泉旅館が河川の少し下流側に移転し、菱刈鉱山から1分間に約15トンも湧き出る水を源泉として利用している。規模や景観は変わったものの、湯之尾の温泉文化は今も守り続けられており、愛用されている。
湯之尾を代表する伝統芸能:湯之尾神舞
湯之尾地域では、温泉文化と同じように大事に守られ続けているのが「湯之尾神舞」と呼ばれる伝統芸能である。湯之尾神舞は、地域で代々受け継がれている神楽の一つで、神様への感謝、五穀豊穣、無病息災を祈願して、毎年湯之尾神社のホゼ(豊年祭)の際に舞われる。
湯之尾神舞の伝承
湯之尾神舞は1490年頃に始められたとも言われ、古文書には1751年ごろの記録が残っている。しかし、昭和30年代には火事によって神舞の道具や資料がすべて焼失してしまうという出来事があった。それでも地域の人々が資金を出し合い、道具を作り直すことで神舞は復活させた。
当時、複数の地域で神舞が行われていたが、現在まで伝承されているのは湯之尾だけである。この消失→復活の出来事が逆に、神舞の大切さを地域の人々に気付かせ、湯之尾神舞が現在も受け継がれるきっかけとなった。
また、昔はそれぞれの家ごとに役割があり、笛を担当する家、それぞれの舞を担当する家などがあった。その後、家ごとでの伝承が困難となったが、人々は練習する際になおそれぞれの家を回り、稽古を受けたと言われる。湯之尾神舞はまさに湯之尾地域全体によって支えられ、伝承される伝統芸能である。
神舞の特徴
湯之尾神舞は、出雲流神楽の流れをくんでおり、「古事記」や「日本書紀」に登場する神話をもとにした舞が演じられる。特に有名なのが、天岩戸の神話をもとにした舞である。神話の物語を舞として表現することで、神様への祈りや感謝の気持ちが伝えられる。
舞い手は約5kgの神具を持ちながら、約40分間踊り続けます。もともとは武士が体を鍛えるための神楽とされていたため、体力が必要な舞である。
また、神舞では単に動きを覚えるだけではなく、「所作」や「品のある動き」が大切だとされている。「ゆら」と呼ばれる独特の動きがあり、これは実際に指導を受けながら学ばなければ身につかない。

▲湯之尾神舞の情景(石田萌さん提供)
神舞がつなぐ地域の未来
現在、湯之尾神舞には幼稚園児から70歳まで、警察官や役場職員など幅広い年代や職業の人が関わり参加している。練習は夏頃から始まり、長い時間をかけて技術を身につけ神舞の伝統を繋いでいく。
一方では、人口減少による継承者不足や、指導する難しさ(かつてのように「厳しく」指導することができない)が伝承の課題だと言われる。これらの課題を打開するために、女性の参加(笛)や移住者の参加も可能となった。
湯之尾神舞は、地域の歴史や文化を伝えるだけでなく、人と人をつなぐ役割も果たし世代を超えたつながりが生まれている。
取材を通して
一見すると日本のどこにでもあるような一地域に見える湯之尾であるが、実際に調べてみると、自然環境の変化など、さまざまな大きな変化を乗り越えてきた魅力的な歴史を持つ地域であり、人々のつながりが強く、かつ外側に向けてオープンな精神を持つ地域であることが分かった。一方で、人口減少や車社会の影響で、活気が減り、伝統芸能の伝承が困難に直面している地域でもある。
今回の取材経験を踏まえ、移住者に想いを馳せてまとめると、湯之尾は「好き」がいっぱい見つけられる地域であり、「好き」をいっぱい作られる地域でもあると思う。
例えば、湯之尾地域と川、そして温泉との濃い関わり合いは、まさに聞き入ってしまうほど「好き」がいっぱい散りばめられている物語である。また、この物語の延長線上で、様々な魅力的な営みの可能性、つまり新たに「好き」を作り出す可能性が考えられる。
また、湯之尾神舞の指導の難しさに関しても、確かに無理やり「やらされる」方からすると、その「厳しさ」が少し受け入れ難いものである。しかし、私たちの、鹿児島工業高等専門学校にもずっと受け継がれている伝統、「応援団」がある。練習は非常に厳しいものであるが、やり遂げた時の達成感と一体感は、他では味わうことが決してできない。だから、神舞の歴史や心に魅力を感じる人であれば、むしろその「厳しさ」を「好き」になれるのではないかと思う。
移住者の皆さん、ぜひ湯之尾で「好き」を見つけてみてください!
湯之尾で暮らすということ
― 移住者の声から見える地域の魅力 ―
鹿児島県伊佐市にある湯之尾地区は、豊かな自然と温泉、そして人の温かさが感じられる地域である。今回、実際にこの地域で暮らしている方々に話を伺い、移住者の視点から見た湯之尾の魅力や、これからのまちへの思いについてまとめた。
移住して感じた湯之尾の暮らし
元地域おこし協力隊員で、現在は伊佐市でデザイナーとして活動している石田萌さんにお話を伺った。石田さんが移住したきっかけは、伊佐市は「ものづくりに携われる人材」を募集していたことだったという。
それまで都会で暮らしていた石田さんは、アスファルトに覆われた環境や視界の狭さに、どこか息苦しさを感じていたそうだ。しかし、湯之尾での生活はそれとは対照的だった。自然が身近にあり、空が広く、日常の暮らしがはっきりと感じられる環境である。
特に印象的だったのが、地域に残る「お裾分け文化」だという。近所の人から野菜や食べ物を分けてもらうことがあり、人とのつながりを感じながら生活できる点が魅力だと話していた。また、家賃の安さや、日常的に温泉に入れる環境、散歩を楽しめる自然など、生活の質は大きく向上したと感じているそうだ。
もちろん、地方ならではの大変さもある。夜はとても静かなためぐっすり眠れる一方、冬の朝は寒さが厳しく、起きるのが大変なこともあるという。それでも、自然の中で暮らす心地よさがそれを上回る魅力になっている。

▲右から2番目は石田萌さん
地域の魅力を発信する取り組み
石田さんは現在、伊佐市にある魅力を改めて見つめ直し、それを形にして発信する活動に取り組んでいる。
まだ十分に知られていない地域の素材や文化を見つけ、それを活かしたものづくりを行うことを目標にしているそうだ。具体的には、伊佐市オリジナルのスイーツの開発や、地域の魅力をまとめたファンブックの制作などに取り組んでいる。また、市内に設置されている湯之尾の看板デザインも手がけている。温泉の温かさを赤色で表現し、伊佐市菱刈をイメージする菱の実をモチーフとして取り入れるなど、地域らしさを大切にしたデザインになっている。
このような活動を通して、湯之尾の魅力を多くの人に知ってもらい、地域の価値を再発見することにつながっている。

▲石田さんがデザインしたスイーツの包装
人の温かさと地域文化
今回の取材では、旅館「早水荘」の女将さんにもお話を伺った。女将さんは元々埼玉県の出身で、料亭などのサービス業の修行中に旦那さんと出会い、嫁ぐ形でふるさとから遠く離れた湯之尾に「移住」されてきた。
お話を聞く中で特に印象的だったのが、湯之尾に暮らす人々の「心の豊かさ」である。地域の高齢者の方々はとても生き生きと暮らしており、誰に頼まれるでもなく道路の落ち葉を掃除したり、近所の子どもたちを自分の孫のように見守ったりしているという。その行動は特別なことではなく、日常の中で自然に行われていることだそうだ。そうした姿を見ていると、「自分もあのような人間になりたい」と思えるのだと女将さんは話していた。
また、湯之尾では伝統文化も大切に受け継がれている。代表的なものが「神舞(かんまい)」である。地域の子どもたちは、ベテランの方々から神舞を教わり、舞の技術だけでなく礼儀や作法も学ぶ。このように、世代を超えて直接文化が受け継がれていることも、湯之尾の大きな特徴であるという。
四季を感じる行事と温泉のある暮らし
湯之尾では一年を通してさまざまな行事が行われている。例えば、湯之尾滝に掲げられる鯉のぼりや、ドラゴンボート、神舞など、季節ごとに地域の人々が集まるイベントがある。こうした行事は地域のつながりを深めるだけでなく、暮らしをより豊かなものにしてくれる。
さらに、この地域には多くの温泉があり、安価で気軽に利用することができる。温泉が日常の生活の一部になっていることも、湯之尾ならではの魅力の一つである。女将さんは「住めば住むほど奥深さを感じる町」だと話していた。

▲一番左は早水荘の女将さん
これからのまちへの期待
移住されてきた方々からの話には、今ある良さを大切にしながら、さらに魅力的な地域にしていきたいという思いが込められていた。
多く聞かれたのは、地域にお店が増えてほしいという意見だ。花屋や美容室、カフェなど、日常の中で立ち寄れる店舗が増えることで、暮らしがより楽しく豊かなものになるのではないだろうか。また、個人で商売を始める人が増え、個性のある商品やお店が生まれることで、まちに新しい面白さや魅力が広がっていくことも期待される。
さらに、「帰ってくる場所になってほしい」という声も聞かれた。進学や就職で一度まちを離れた人でも、また戻ってきたいと思える場所であってほしいという願いだ。安心して戻れる居場所があることは、地域の魅力の一つになると考えられる。
また、Uターン者のみならず、住民の方からは「誰にでもwelcomeなので、いっぱい人が来て一緒に町を盛り上げていきたい」というような声や、「みんなファーストで助け合うまちにしたい」という温かい思いが語られた。
女将さんは現在地域の幅広い年代や職業の方々と一緒に「湯之尾編集班」の活動に取り組んでいる。主にInstagramを通して湯之尾の魅力ある日常やイベントを発信しているが、移住者に対しても多方面からのサポートが期待される。
おわりに
今回の取材を通して、湯之尾は自然や温泉だけでなく、人の温かさや文化が息づく地域であることが分かった。移住者の視点から見ても、この地域にはまだ多くの魅力があり、それを活かすことでさらに面白い地域になっていく可能性がある。
これからもこうした魅力が多くの人に伝わり、湯之尾に興味を持つ人や訪れる人が増えていくことを期待したい。

▲女将さん大好きな湯之尾の川霧風景



