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新納忠元公生誕500年

2026年04月01日

 今日から令和8年度がスタートしました。今年は例年より少し早いのでしょうか?忠元公園や曽木の滝公園ともに3月末には満開を迎え、ありがたいことに多くの見物客で賑わいました。
 2026年は60年に一度巡ってくる丙午(ひのえうま)ですが、更に伊佐の尊敬すべき偉人である新納忠元公は1526年生まれでもあり、生誕500年の節目となる年を迎えたことになります。こんなめぐり合わせに立ち会うことができていることに大きな感謝と感激の日々を過ごしている私です。
 大口原田にある「忠元神社」は、新納忠元(にいろただもと)公が祀られている神社です。江戸時代はじめの薩摩藩で始められた若者や少年たちの教育である「郷中教育」の教えの原点をつくった人物です。皆さんが知っている西郷隆盛や大久保利通などもこの教育で育ったと言われています。新納忠元は1526年(大永6年)、志布志場内で生まれました。13才の時、志布志が他の武士に攻められたため、新納家は親しくしていた親戚の島津氏を頼って、南さつま田布施にのがれます。新納家の先祖は島津家。ここで、後に仕える島津義久、義弘と共に育てられ、学問や武道の修行に励みました。
 忠元は、20才のときに島津貴久に従って初めて戦いにのぞみました。その戦いぶりは目ざましく、大きな手柄を立てました。ここ伊佐地方は、当時菱刈氏が治めていましたが、島津氏に鳥神尾の戦いで敗れ、大口城を明け渡し、菱刈氏は島津家の家来になりました。そして忠元はこれまでの功績が認められ42才の時に大口の羽月城、44才の時に大口城の地頭になりました。
 やがて月日が経ち、島津家は義久が当主となります。義久が率いる島津軍は、九州統一にあと一歩のところまで迫っていました。しかしこの時、全国をまとめようとしていた豊臣秀吉が1587年(天正15年)、島津氏を攻撃して滅ぼすためにたくさんの家来を引き連れて、九州に乗り込んできました。忠元は、大分から秀吉軍に備えるため大口城へ帰りました。秀吉軍は平佐城(薩摩川内市)の戦いで島津氏を攻め、島津義久は泰平寺(薩摩川内市)で降参しました。
 この時、忠元は防戦の準備を進めていましたが、その忠元の元へ主君である義久から「私が和睦した秀吉と戦うのならば、私に弓を引く逆賊の行為である」との言葉が伝えられました。その言葉を聞いた忠元は、降伏を決意して、秀吉の陣に向かいました。頭を下げ、ひれ伏す忠元に秀吉が問いかけます。「武蔵よ(忠元よ)どうだ、まだ私と戦うつもりか」忠元はすかさず答えました。「主君である義久公が指示すれば、いつでも何度でも戦いましょう。しかしながら、主君である義久公は真心をもって約束を守るお方です。約束を裏切ることは絶対になりません」これを聞いた秀吉は、その心構えに大変感心し、その場で刀と旅の衣服を与えたそうです。
 忠元が中心となり、郷中教育の教えの原点となった「二才咄格式定目」という十項目の決まりをつくりました。内容については割愛しますが、伊佐のみならず、薩摩藩そして日本の生末に大きな影響を与えた郷土の誇れる偉人であります。
 伊佐市ではこの大きな節目となる生誕500年を記念して、多くのイベントや広報・教育関係行事を計画しています。イベント関係では、4月18日(私の誕生日です)に大口ロータリークラブ創立50周年記念講演会「50年の歩み、未来への継承 ~青少年の未来を拓くために~」、6月7日に新納忠元フェスティバル(キックオフイベント)「新納忠元ゆかりの俳優と歴史学者(2名)によるトークイベントの開催」、6月から8月までデジタルスタンプラリー、8月下旬に郷土芸能ふれあいフェスティバル、秋に大口城千本桜達成記念大会、9月5日、19日、26日、10月3日、10日、17日、31日計7回、「古文書から読み解く新納忠元講座」、12月下旬にチームちむどん特別記念公演「現代版組踊鬼武蔵-忠元TADAMOTO-」を予定しています。その他広報・教育関係でも小学校から高校にいたるまで巻き込みながら教育メニューも含め6つの事業を予定しています。詳しくはその都度、伊佐市ホームページ等で紹介していきますので一世紀に一度の各種行事にどうぞご期待ください。
 また、3月29日には、「大口城を愛する会(新東晃一代表)」の皆さまによる「大口城千本桜達成記念植樹祭」が行われ、私も参加し来賓のあいさつと記念植樹を担当させていただきました。この活動は、2016年から新東晃一代表はじめ有志の熱い思いによって史跡調査の目的で活動が始まり、その中で並行して10年間にわたって毎週の環境整備や植樹が行われ、今回、目標としてきた1,000本の植樹が達成したことになります。その記念すべき1,000本目の植栽を新東晃一代表と共に私も担わせていただき、こんなにありがたいことはありませんでした。新納忠元生誕500年と新納忠元ゆかりの大口城跡地に植えられてきた桜植栽1000本達成が同時になったことは凄くないですか?「大口城を愛する会」の皆さまによる10年間の献身的な活動に敬意と感謝を申し上げます。
令和8年という年は何か目に見えない大きな魂と力が働いているように感じています。
 今日から始まる令和8年度はいつもにも増して感謝の気持ちを最大限に唱えながら日々精進していきます。皆さんも一緒に盛り上げてもらえたら最高に嬉しいです。

【今回も職員メールを1通紹介したいと思います。】
題名「伊佐市校長及び教頭会合同送別会」
 昨日は小中学校の校長先生と教頭先生の送別会がグリーンホテルで行われました。今年度の転出者は校長先生4名、教頭先生7名、教育委員会指導主事1名の合計12名となりました。牛尾小、本城小、南永小、田中小の校長先生と大口東小、平出水小、羽月西小、曽木小、針持小、菱刈小、大口中央中の教頭先生、教育委員会は篠原指導係長の異動でした。昨日の送別会は私が市長になって何度か出席してきた同様の送別会で一番盛り上がっていたと思いました。それは、周りが変わったこともあるとは思いますが、それだけではなく、私自身が変わったこともあるのだろうと感じています。
今回異動される皆さんに、ビールやウーロン茶を注ぎながらいろいろな話をさせてもらいましたが、本当に素晴らしい方々ばかりで嬉しく感じながら話も弾んだところです。転出され見送ることは毎年ことで仕方のないことですが、やはり別れというのは寂しいものですね。
 その中で、南永小学校から異動される新地哲郎校長先生は、以前羽月北小におられたようで、以前私が指導していたジュニアバレーボールチーム「スターダストジュニア」で大変お世話になった方でした。その時の教え子が共通していることもあり話も弾みました。平出水小学校の教頭先生からは、「異動直後、教頭住宅の不良個所を市長自ら見に来ていただいたことは本当にありがたかったです。」等、もう忘れているような話も聞けました。やはりあいさつだけではなく会話をすることで多くのことが理解できるのだなあと改めて思うことでした。焼酎を酌み交わす意味はここにあると再認識させられました。校長先生や教頭先生だけでなく多くの先生方に「伊佐の教育日本一」のために尽力いただいたことに感謝したいと思います。
 また、昨日は春田教育長から良い報告がありました。「伊佐の中学校の学力検査の状態は最近まで県平均を大きく下回っていたが、今年度は全ての科目で県平均を上回るという好成績だった。数年前の小学校はいいが中学校は?という状況から考えると素晴らしい結果が出ている。」大口中央中学校や菱刈中学校の校長先生はじめ各先生方に感謝しなければなりませんね。
 また、何人かの校長先生から、「目標とされる特別支援学校の分置はじめいろいろな施設も現実になり、雰囲気としても盛り上がってきているようで教育日本一を言い続けることで確実に近づいているのではないですか?」と言っていただき感激したところです。高いバルーンを打ちあげることでみんなの意識が変わりそして自信につながり好成績を生み出していくことのイメージが現実化していくことに手ごたえを感じることができました。いつもバチバチでやりとりさせてもらっている春田教育長はじめ教育委員会の皆さんにも感謝です。そんなことを思いながら過ごした2時間半でした。本当にありがとうございました。
 また、先日は面白い体験をしました。今年の小学校の卒業式は曽木小学校に行きました。そして式が始まるまでの間、渡されたパンフレットを見ていると各先生の名前がありました。その中に私の妻と同じ里美という先生がおられたので、記憶に残ったまま、次の出張先へ向かったたのです。出張先は午後から鹿児島市で行われた鹿児島県土地改良事業団連合会総会、懇親会です。懇親会では各地区土地改良区の役員や塩田知事はじめ各市町村長、県の職員の出席がありました。この懇親会は毎年行われてきたようですが、これまでは、首長での参加者は理事に限定されていたようです。しかし、今年は理事でない私にも参加の案内があったらしく、何の理由で案内があったのかはわかりませんでしたが喜んで参加させていただくことにしました。面白い体験とは、ここからなのですが、懇親会で隣の席になった方が霧島市竹子土地改良区理事長の岩切さんという方でした。会話の途中で岩切さんから、「うちの娘が伊佐市の曽木小学校でお世話になっています。有馬と言います。」と言われたので、「有馬里美先生ですか?」と聞き返したところ、大変驚かれた様子で、「何で下の名前まで知っているのですか?」と言われましたので、「実は午前中、曽木小の卒業式に出席しパンフレットにあった名前が私の妻と同じ名前だったので暗記していました。」言ったところ、そこから話が大変盛り上がりました。こんな偶然もあるという体験をしました。世の中は狭いとよく言われますが全くそのとおりで、以前出会っていた人が、長い年月を経て再び出会いお世話になることも数多く経験しています。   
 以前出会ったときの印象が次に出会った時には大きな意味を持ちます。そのことはやはりいつも同じ態度で同じ考え方で過ごすことの重要性を教えてもらった気がしています。
「一事が万事」 今を誠実に生きることが将来につながると思いました。

(3月の行動について主なものを紹介します。)
 3月2日は10時から大口高校卒業式に出席。
 3月3日は9時30分から大口明光学園高校の卒業式に出席。
 3月4日は10時から伊佐市議会本会議4日目で総括質疑を受けました。13時30分から伊佐農業公社理事会。
 3月5日は10時から地域おこし協力隊候補者面接試験。
 3月6日は7時30分から毎月恒例の環境政策課主催のゴミ拾い活動に参加。今回も第一生命保険株式会社の皆さん、林建設株式会社の皆さん、楠元議員の参加がありました。感謝でした。9時から伊佐市ゴルフ協会前田氏来室。10時から「たんぽぽ親の会」による「行政と語る会」に出席。15時から伊佐市立地企業懇話会(住友金属鉱山株式会社菱刈鉱山、大口電子株式会社、住鉱資源開発株式会社)。17時40分から引き続き懇親会。
 3月7日は19時から伊佐市ドラゴンボートレース実行委員会総会及び懇親会に出席。
 3月8日は15時から菱刈人権文化センター閉校式に出席。
 3月9日は10時から伊佐市自衛隊入隊者壮行会。今年は2名(兄弟)の立派な青年が入隊してくれました。15時から株式会社TSUNAGU代表取締役佐藤氏来室。18時から交流会。
 3月11日は9時15分から菱刈中学校卒業式に出席。14時から鹿児島県共同募金会第4回理事会(鹿児島市)。
 3月12日は8時から子牛のセリ市(薩摩中央家畜市場)。13時30分から伊佐市有害鳥獣対策協議会。
 3月13日は9時30分から大口明光学園中学校卒業式に出席。13時30分から伊佐市総合教育会議。18時30分から伊佐市畜産ネットワーク会議総会。19時30分から伊佐市ソフトボール協会総会。
 3月14日は10時から出水市誕生20周年記念式典。13時からフラーゴラッド鹿児島リーグ戦㈱ユピテル安楽憲彦会長のご厚意で招待していただいた伊佐市の子どもたちと一緒に応援(霧島市ユピテルアリーナ)で見事勝利。試合後はみんなで記念撮影ができました。
 3月15日は11時から第22回本城おきな草春まつり。13時から伊佐市春フェス。18時から還暦祝いに招待され出席。
 3月16日は10時から伊佐市子ども発達支援センター「たんぽぽ」卒園式。11時30分から大口ロータリークラブ池田会長、宮迫理事来室。
 3月17日は10時から伊佐市出身で大阪在住の前田さん来室。11時から楠元議員来室。15時からマルイ食品株式会社様から「企業版ふるさと納税」で多額のご寄付があり、感謝状贈呈式を行いました。マルイ食品株式会社から、代表取締役社長宇都浩司様、業務部長伊藤和秀様、総務課長大川美穂様、企画広報課桂木和沙様が出席されました。私からは「子ども第三の居場所」整備に活用することの説明と感謝のことばを申し上げました。伊佐市で創業されている工場でも100名の雇用があり重ねて感謝でした。
 3月18日は10時から伊佐市議会本会議(最終日)。14時から伊佐市農業再生協議会臨時会。
 3月19日は9時30分から伊佐市農業公社社員総会。14時から伊佐市共同募金委員会。15時からキャンプリファイヤー鍋田氏来室。15時30分から伊佐市行政改革推進本部会議。16時30分から伊佐市DX推進本部会議。
 3月20日から9時から第7回忠元公園桜祭りリプサ杯パークゴルフ大会。13時から鹿児島大学・大口高校共催「伊佐の近現代/未来 これまでの百年、これからの百年」にパネラーとして出席。伊佐市の今後について構想も含めて意見を述べました。
 3月22日は5時40分に伊佐市を出発し上京。10時から伊佐市特産品販売(セルリアンタワー東急ホテル)。10時45分から関東鹿児島県人会連合会第52回大会に参加。伊佐市特産品PR等行い多くの参加者と交流する等閉会の15時30分まで充実した時間を過ごしました。22時伊佐市着。
 3月23日は8時から伊佐湧水消防組合課長会。10時から本城幼稚園卒園式。13時30分から菱刈土地改良区通常総代会。15時から定例課長会議で令和8年度人事異動発表。18時から菱刈土地改良区懇親会。
 3月24日は10時から曽木小学校卒業式。13時30分から鹿児島県農業農村整備情報センター理事会。14時30分から鹿児島県土地改良事業団体連合会総会。17時15分から懇親会(鹿児島市)。3月25日は姶良伊佐地域振興局大西局長、大保農林水産部長、小杉林務水産課長来室。
 3月26日は10時45分から鹿児島県過疎協議会理事会。11時20分から鹿児島県山村
協議会総会。13時45分から鹿児島県過疎協議会総会。14時15分から鹿児島県ダム発電協議会総会(鹿児島市)。18時30分から伊佐市校長会教頭会等合同送別会に出席し、転出される校長4名、教頭7名、教育委員会指導主事1名に対してお礼を申し上げました。
 3月27日は10時から川内川河川事務所亀園所長他2名来室。令和8年度以降の河川改修事業や川まちづくり等について説明と意見交換。11時40分から春田教育長と篠原係長来室。13時15分から読売新聞鹿児島支局渡部記者取材のために来室。14時から伊佐農林高校新坂校長先生転任のあいさつのために来室。18時30分から伊佐市課長会送別会。
 3月29日は10時から大口城千本桜達成記念植樹祭に参加し、あいさつと記念植樹をしました。12時から針持高野自治会の花見に参加しました。自治会の皆さんと触れ合うことで楽しい時間を過ごすとともに貴重な意見を聞くこともできました。
 3月30日は10時から姶良伊佐農業農村推進協議会総会(湧水町)。14時から教育委員会辞令交付式。19時から企業経営者との交流会。
 3月31日は8時30分から退職者退任式。15時10分から池畑県議来室。17時15分から地域おこし協力隊の卒隊セレモニーに出席。

 先日読んだ稲盛和夫先生の著書に、「私たちはいくつになっても夢を語り、明るい未来の姿を描ける人間でありたいものだ。夢を描けない人には創造や成功がもたらされることはないし、人間的な成長もない。なぜなら、夢を描き、創意工夫を重ね、ひたむきに努力を重ねていくことを通じて、人格は磨かれていくからだ。夢や思いというのは人生のジャンプ台である。」と書かれていました。それは個人であっても団体であっても、行政であっても同じことが言えると思います。将来の明るい伊佐をイメージしながら夢を語り、投資しチャレンジしていくことは大切だと思う信念を持ち続けながら、今ある環境に感謝しながら精進したいと思います。
 いよいよ令和8年度がスタートしました。節目となる今の気持ちも新たにしながら素晴らしい一年にするために、みんなで夢を語りながら笑顔いっぱいで頑張りましょう。今年度もどうぞよろしくお願いします。

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