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永遠の別れ

2026年02月01日

  令和8年の幕開けは昨年と同様に平穏な幕開けとなり、災害等の発生がなかったこと等に対することに感謝しながらの年末年始でした。朝夜寒くなるのは伊佐の良さを表すひとつですので、私はそのことを楽しみながら過ごしていますが、年末年始も好天に恵まれました。年初めには各地域で毎年恒例となっている「鬼火炊き」が盛大に行われ皆さん笑顔で新年を迎えられていました。市民の皆さまの無病息災をお祈りしたいと思います。
 1月3日には「伊佐市二十歳のつどい」を開催し、実行委員会の協力と参加者の意識の高さによって素晴らしい式典になったと思っています。当日は、多くの若者の雄姿を拝見し、頼もしさを感じながら式辞を述べさせていただきましたが、幸せな時間を共有できたことに喜びを感じています。
 このように令和8年は平穏な年初めとなりましたが、しかし一方では、これまで親しくしてきた方やお世話になった方々との永遠の別れがありました。最近のお別れでは、若くて道半ばで亡くなる人や寿命を全うする人といろいろとありますが、その場に立ち会う際に深い悲しみに包まれるとともに多くのことを考えさせられます。人が世の中に生まれてきたことの意味、人が生きていくことの意味、今自分はどうあるべきか?なかなか簡単に明確な答えは見つからないかもしれませんが、問い続けていきたいと思っているところです。
 私は令和2年11月30日に伊佐市長に就任させていただき、伊佐市の発展を念頭に日々公務に当たりながら過ごさせていただいておりますが、比較的自由な時間が取れやすかった以前とは違い、親しかった方やお世話になった訃報が飛び込んできた場合でも、公務優先で駆けつけられないことが多くあるのも事実で、そのことに関しては少し辛いところです。政治家の宿命として、お世話になった方々に対して、誰かに託して香典だけでも届けたいと思っても公職選挙法の縛りで叶いませんので、そのことについては辛いところです。
 人は必ず別れを告げなければならない日が訪れることは分かってはいるのですが、やはり悲しく淋しいものですよね。それぞれにお別れした方々を忘れることなく日々成長していくことが供養になると信じながら前に進んでいきたいものだと思います。
 1月は毎年のことですが、仕事始めの翌日から連日、新年度予算と各課の取組と課題について市長ヒアリングを行っています。私が就任してから毎年申し上げていることですが、「市長ヒアリングは真剣勝負であることから、各課の課長(局長)と係長は遠慮せずに想いをぶつけてきてほしい。熱い議論を期待しています。その中で私からはあえて厳しいことを言うと思うが、負けないで想いをぶつけてきてください。そして終わったらノーサイド、反損することは失礼とか思う必要は全くなく、何も言わない人よりもぶつかってきた人を私は評価し信頼します。」ということを今年の仕事始めの式でも申し上げました。
 おかげさまで、改革をしようとするとある程度の問題が生じる可能性もあるのですが、見過ごしてきたことに対しても掘り下げることができ、見直すきっかけにつながったことは、今までよりも各課との議論ができたと思い喜んでします。
 また、国内情勢や世界情勢においては、これまでとは違った変化に時期に来ているように感じています。今月8日に行われる「衆議院議員解散総選挙投票」においても、そのひとつです。世界情勢に対応し日本の生き筋を切り開いていける政治が行われることを願って行動したいと思います。私が投票に行き意思表示をすることは当然でありますが、皆さんも必ず投票に参加し、貴重な一票を届けてください。よろしくお願いします。
 市政について少し触れますと、数年前まで様々な動きがあった新庁舎建設でしたが、いよいよ今年の9月末をもって完成する予定となりました。工事も順調に工程どおりに進んでおりますので期待していただきたいと思います。また、旧大口南中学校跡地に令和11年4月開校予定の特別支援学校を視野に入れながら、隣接敷地内に木造新築で整備を進めてきた、「子ども第三の居場所(B&G財団支援)」は今月からオープンし、伊佐市大口子育て支援センター「ルピナス」も今年の5月にオープンすることとしています。
 伊佐市の教育環境や高齢者との交流、子育て支援において一歩前進した取り組みが展開されていきますので、今後に期待していただきたいと思います。

(1月の行事の主なものについて紹介します。)
 1月3日は13時から「令和8年伊佐市二十歳のつどい」に出席しました。今年の対象者は男性121人、女性113人の合計234人で当日の参加者は男性76名、女性80名の合計156名でした。17時30分から羽月駅前自治会、18時30分から大口東校区の鬼火炊きに参加しました。
 1月5日は8時30分から伊佐市役所仕事始め式。9時30分から地域おこし協力隊辞令交付式。11時から伊佐市商工会中村会長他来室。14時から伊佐市シルバー人材センター仕事始め式(餅つきにも参加し美味しいお餅や赤飯もいただきました。)。14時50分からジャパンファーム㈱長瀬伸宏社長来室。16時15分から大口高校吉満校長先生来室。17時から住友金属鉱山㈱岡本秀征資源本部長、菱刈鉱山前田鉱山長来室。
 1月6日は9時から大口電子㈱齋藤社長、青野総務部長来室。10時から16時まで新年度予算市長ヒアリング。17時15分から鹿児島県隊友会伊佐支部池袋支部長来室。
 1月7日は10時から当初予算市長ヒアリング(終日)。19時から伊佐市消防団梯子隊訓練激励。
 1月8日は10時から当初予算市長ヒアリング(終日)。
1月9日は7時30分から毎月恒例となっている環境政策課職員、市職員有志によるゴミ拾い活動(大口庁舎周辺)に参加。今回も第一生命保険㈱と林建設㈱の皆さまや楠元議員にも参加いただきました。寒い中本当にありがとうございました。9時から当初予算市長ヒアリング(終日)。18時30分から伊佐市商工会青年部年始会に出席。
1月11日は8時30分から令和8年伊佐市消防出初式リハーサル。13時から令和8年伊佐市消防出初式。16時30分から伊佐市消防団第7分団、第8分団、第9分団、第10分団を激励のために訪問しました。
 1月13日は9時から終日当初予算市長ヒアリング。13時から西松建設九州副支社長訪問。17時から池畑県議来室。19時から伊佐ライオンズクラブ例会出席。
 1月14日は8時から今年の初セリとなる子牛セリ市会場へ。13時から当初予算市長ヒアリング。
 1月15日は10時から鹿児島県建設災害防止安全祈願祭、11時から建設業労働災害防止大会に出席。14時から当初予算市長協議(二次)。
 1月16日は9時30分から伊佐湧水交通安全協会西会長来室。10時から定例課長会議。11時から三役会議。18時からカミチクグループ新年賀詞交換会(鹿児島市)に出席。
 1月17日は17時から伊佐愛林有限会社新年会。18時からかごしま女子駅伝・県下一周駅伝伊佐地区選手団結団式に会長として出席し激励のことばを申し上げました。
 1月18日は8時30分から伊佐市文化財防火デー(火災予防訓練)で9時から白木神社、10時から郡山八幡神社、10時45分から祁答院家住宅、11時30分から箱崎神社において伊佐市消防団と伊佐湧水消防組合合同の防火訓練に立ち会いました。12時から永尾自治会総会及び新年会に出席し多くの意見交換をすることができました。
 1月19日は17時30分から九州電力グループ鹿児島エリア懇談会に出席。
 1月20日は8時から伊佐湧水消防組合課長会。9時45分から内閣府地方分権改革推進室山村昭一郎参事官補佐他来室。
 1月21日~22日は川内川上流河川改修期成同盟会からの要望活動のために東京出張。21日は7時30分に自宅を出発し13時から川内川上流河川改修期成会に関係する宮崎県えびの市、鹿児島県湧水町、伊佐市に関係の深い国会議員事務所を訪問。22日は10時から国土交通省を訪問し、金子国土交通大臣をはじめ廣瀬昌由技監、林水管理・国土保全局長、その他主要部署に対して要望活動。18時30分から年末に子牛購買促進のために滋賀県(近江牛)と三重県(松阪牛)の報告会が行われ鹿児島空港から直行して出席。橋口会長からの報告は大変良くまとめられ素晴らしい報告会でした。
 1月23日は9時から3月補正予算市長協議。13時から介護保険者一般指導県担当者説明。13時15分から伊佐市経営戦略会議(環境政策部門)。17時から伊佐市職員永年勤続表彰式。18時30分から連合姶良伊佐地区伊佐地域協議会新春旗開き。19時30分羽月校区職員新春親睦会。
 1月24日は13時25分から「かごしまの歴史文化講演会(世界を動かした“薩摩スピリット”)」に参加。志學館大学の原口泉教授による講演会でした。講演会終了後には原口泉教授との意見交換の時間をつくっていただき新納忠元公生誕500周年記念事業や伊佐市の歴史教育のあり方について貴重な時間を過ごすことができました。また、その後は、県立図書館の東條広光館長を訪問することができ貴重な話を聞くことができました。18時から湧水町で行われたお通夜に参列しました。合掌
 1月25日は6時50分から鹿児島県地区対抗女子駅伝競走大会の応援。伊佐チームは残念ながら12位ではありましたが、選手の皆さんは与えられた条件の中でピンクの襷を背負いながら本当に良く頑張ってくれました。応援しながら涙が出ました。ありがとう。
 1月27日は13時30分から今回初めて行われた「菱刈グランドゴルフ協会、伊佐市長杯グランドゴルフ大会に参加しました。今回は初めての大会ということもあり職員と共にプレーにも参加しました。極寒の中でのプレー平均年齢80歳を超えている参加者の方々は元気に笑顔でプレーされており私も嬉しい気持ちになりました。長寿万歳!
 1月28日は9時からサンキョーミート㈱金森社長、内村工場長、川野管理課長来室。11時からNTT西日本鹿児島支店瓜生支店長他4名来室。
 1月29日から30日まで東京出張。29日は13時30分から住友資源開発㈱本社を訪問し代表取締役社長の関根亮太氏と取締役業務部長の鈴木克典氏に対応していただきました。14時30分から住友金属鉱山㈱本社を訪問し、代表取締役社長の松本伸宏氏をはじめ取締役の岡本秀征氏、常務執行役員の佐藤眞一氏、執行役員の津田研一氏、同の狭川義弘氏と対応していただきました。今回、住友金属鉱山㈱から企業版ふるさと納税もいただいており感謝状の贈呈も併せてさせていただきました。
 30日は9時30分から鹿児島県東京事務所訪問し、森元次長(令和6年度まで伊佐市副市長)に対応していただき観光や企業誘致について意見交換させていただきました。10時50分から伊藤ハム米久ホールディングス本社を訪問し、取締役常務執行役員食肉事業本部長の原田健氏をはじめ前サンキョーミート㈱社長の古賀満氏、食肉事業本部国内食肉本部国内ポートリー部長の宮城昌弘氏、国内生産部生産事業管理課長の横尾泰徳氏に対応していただきました。多くの意見交換ができました。
 1月31日は11時から防衛協力諸団体合同賀詞交歓会に出席(鹿児島市)し、自衛隊幹部の皆さま、隊友会や家族会の皆さまと交流ができました。

【今回も職員メールを1通紹介したいと思います。】
題名「週末の動き(NHK大河ドラマに新納忠元公を)」
 今度の週末(あえて土曜日と日曜日のことを言いますが)は、土曜日は当初、毎年参加している第39回鹿児島県地区対抗女子駅伝競走大会開会式に参加する予定でしたが、開会式に他の首長が参加することがこれまでなかったことや春田教育長に参加いただくこと等の理由で今回は不参加としていたところ、先週、大口高校の吉満校長から志學館大学の原口泉教授の講演会(世界を動かした“薩摩スピリット”~明治日本の産業革命遺産に込められた未来志向~)が行われるから一緒に参加しませんか?とお誘いがありましたので、参加することにしました。この講演会に参加する意味は、鹿児島の歴史について学ぶことの他に新納忠元公を売り込むことがありました。それは、2026年NHK大河ドラマ豊臣兄弟に新納忠元公を取り上げていただけないかというお願いでした。
 原口泉先生と言えば、言わずと知れた鹿児島を舞台にした大河ドラマ(翔ぶが如く、琉球の風、篤姫、西郷どん)を考証された日本近世、近代史、薩摩藩の歴史におけるレジェンドで、NHK大河ドラマを担当する関係者に多大な影響力を持たれている方でもあります。今回の講演会で恐縮したのが、講演会場ではわざわざ「来賓席」を設け案内されたことと原口先生から丁重に出迎えていただいたことでした。講演の内容については今回のメールでは触れませんが、とても興味深い内容で参加して本当に良かったと思いました。講演会終了後には、吉満校長の根回しのお陰で、原口先生と個別に面会する時間を設けていただいており、その際に冒頭では、令和8年度で取り組む新納忠元公生誕500周年記念事業に対する協力依頼を申し上げました。
 また、最後の話題として申し上げたのは、今年の大河ドラマ「豊臣兄弟」に新納忠元公の出番はないが、関白陣でのエピソードを組み入れていただくことはできないか。」とダメもとで吉満校長とお願いしたのでした。原口先生から、「新納忠元公を扱ったチームちむどんの活動は非常に素晴らしい。このような取組や伊佐市が力を入れて計画している新納忠元公生誕500周年記念事業の取組も素晴らしい。」伊佐の取組に対する評価は非常に高く、「地元の下地はしっかりしているので、NHKに進言する価値はあると考える。今月28日にNHK大河ドラマに影響力の強い関係者と面会することになっているから強くお願いしてみる。」と力強いことばをいただきました。スケジュールを空けていたところに有り難い時間が飛び込んできたことに感謝でした。
 原口先生が進言されたから今から内容を変更することは簡単ではないとは思いますが、このような機会を持つことができ行動起こせたことは本当に良かったと思うし吉満校長にも感謝でした。結果を出すためにはまずは行動を起こすことですから仮に今回は無理だったとしても無駄ではないと思います。2029年に誘致したいと願っている「島津四兄弟」にも繋がっていくのではないかとも思います。原口先生と会談を終え帰ろうかとしているところ、県立図書館の課長が呼びに来られ、「館長室へどうぞ」と案内されました。県立図書館長は、県の前教育長だった東條広光さんでしたので面識はありました。特別支援学校誘致活動をしている際に、その当時何度も前東條教育長を訪ね情報をいただいていたのですが、東條さんには多くの情報をいただき行動の指針となったこともありましたので感謝している人でした。
 今回も海音寺潮五郎先生の話を出していただきましたし、丁重に迎えていただいたことに感謝でいっぱいでした。改めて伊佐市の偉人たちは凄いことだし自信をもっていきたいと改めて思うことができました。東條さんには伊佐市に特別支援学校が決まったことに対するお礼も申し上げたところです。また、夕方は湧水町でお通夜が行われることになっていたので鹿児島市から直行し参列しました。亡くなったのは若干28歳に若き女性でした。私が指導していた伊佐市スターダストジュニアバレーボール少年団が初めて全国大会に出場したときのセッターを務めてくれた選手のお姉さんで生まれつき障害があり湧水町から出水の養護学校まで通ってきた人でした。いつも体育館に練習に行くとお母さんと一緒に応援に来てくれていた彼女が亡くなったことは、私にとってもとても辛いものでした。
 また、昨日の日曜日は6時50分に春田教育長と春園課長と一緒に自宅を出発し「第39回鹿児島県地区対抗女子駅伝競走大会」の会場である霧島市隼人運動公園に向かいました。到着後、選手の皆さんに激励のあいさつをさせていただき、それから場所を移動して応援をすることでした。各地区神村学園のユニホームが珍しくない中、伊佐市の選手の皆さんはそれぞれの想いで終結し精一杯頑張ってくれました。特に坂口一美さんは、平成2年、平成3年、平成4年と区間賞に輝いており、その後は中央でオリンピック候補選手になるなどの活躍をされたレジェンドで、走られる姿を見ながら今年52歳の出走といのも重なり、ただただ感謝と感動で涙が止まりませんでした。結果は皆さんご存じのとおり残念な部分もありましたが、一番悔しいのは選手や監督はじめスタッフの皆さんだと思います。
 レース終了後、選手の皆さんに一言声をかけさせていただきましたが、「伊佐のピンクのタスキを背負い、一年間努力を積み重ねていただき、この場に立っていただいたことにただただ感謝しかありません。本当にありがとうございました。」とお礼を申し上げました。良く楽しんでと声をかける場面もありますが「駅伝選手とって楽しいことより苦しいことが圧倒的に多いはずです。何故なら競技を若くしても辞める人が多いのは苦しいからです。全力で走るのに楽しいことよりも苦しみの方が多いのは当たり前です。その中でも頑張ってくれた選手は尊敬に値します。それは県下一周駅伝選手、選手候補者も同じことです。市役所にも女子駅伝、男子駅伝選手(候補)として頑張っています。本当に素晴らしいことです。今度は2月に行われる県下一周駅伝をみんなで応援しましょう。私も会長として精一杯応援します。「朝霜を タスキで溶かす 伊佐平野」

 最後に、この原稿を書き終える前日に出会った貴重な体験をご紹介します。私が伊佐市長に就任して5年2ヶ月が経過しましたが、毎年、国に対する予算陳情活動や、伊佐市出身者ふるさと会、伊佐市に進出し貢献いただいている立地企業の本社訪問等、飛行機に乗る機会が多くあります。前述している1月の行事の主なものでも触れましたが、1月30日は、伊佐市に進出していただいて大変お世話になっている、住友金属鉱山㈱、住鉱資源開発㈱、伊藤ハム米久ホールディングス㈱、鹿児島県東京事務所を訪問した帰りにいつもとおり飛行機に搭乗しました。
 ところが、離陸してしばらくして機内放送で、「〇〇の事情により安全性には問題ありませんが羽田空港に引き返します。」とアナウンスされました。これまで、私も数多く飛行機での移動を経験してきましたが、引き返すというのはこれまで経験がありませんでした。本来引き返すということであれば、「無駄な時間になる」とか「何で?」とか思うのかも知れませんが、全くそのような感情が湧くこともなく、逆に「初体験の引き返しが経験できてラッキー」とか「引き返してくれたおかげで落ちることにならなかったので良かった」等と思うことができました。自分でいうのも何ですが、僕も成長したなあ。なんて勝手に思い盛り上がっていました。
 ひたすらお詫びをされるキャビンアテンダントの皆さんに「大変だったですね。頑張ってください。」と自然に声掛けができたこともフライト中の時間を楽しく過ごすことができた要因でした。最近、多くの偉人のことが書かれた本に触れるたびに教わっていることが、少しずつ身についてきているような気がしていると自分で自分に言い聞かせていました。
 イライラして愚痴や文句を言う時間で過ごす一日、笑顔でプラス思考になりながら相手が笑顔になれる声掛けができるように過ごす一日。であれば、起こった出来事に対して前向きに楽しい時間を過ごした方が幸せだし、平和ではないかということを実感した一日でした。昨日、同行した職員ともに一生忘れない思い出となったと思えば逆にありがたいぐらいだと思っています。

 さて、いよいよ今月から私の肝いりで建設した「子ども第三の居場所」がオープンします。さらに、5月には子育て支援センター「ルピナス」もオープンする予定です。その他にも伊佐市発展のためにやらなければならないことが山ほどあります。一つひとつしっかりと対応しながら夢を描きながら進めていきたいと思います。
 今後とも「夢ある伊佐」実現のために頑張っていきますので、皆さまのご理解とご支援をいただきますようよろしくお願いします。

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