健康で、よい年末年始をお迎えください!
2009年12月01日
今年の冬は暖冬との予報が出ていますので伊佐地方も例年より冷え込みは厳しくないようです。1年が過ぎるのが速いと感じるのは私だけでしょうか。一般的には年齢を増すごとに、経験を重ねるほどに速く感じるといわれます。子どもの頃は日が暮れるまで遊んでいたものでした。田舎で過ごした高校生時代までは部活に明け暮れ、放課後の練習がやけに長く感じたものでした。目的地を訪ねるのに、行く道より帰り道が速く感じるのも同じようなものでしょうか。
伊佐市としてスタートした平成21年も、振り返れば本当に速く過ぎるような気がします。先月で2年目に入ったわけですが、私の市長就任は昨年の12月からでしたのでちょうど1年になります。市政運営にご協力やご理解をいただきまして誠にありがとうございました。皆様にいつも感謝する1年でした。
天候は渇水が心配されるほどでしたが、大雨や台風などもなく平穏な自然に感謝する次第です。おかげさまで野外での催し物やイベントにはほとんど支障がありませんでした。9月の県民体育大会は、県内12地区を持ち回る大会としては最後の大会でしたので、すばらしい天候のもとで開催できたことは天の助けでした。伊佐の名前を大いに上げたと思います。それに続いての10月の伊佐市民体育祭は、市内14校区対抗の意味合いもありましたので、天気の良かったのがお互いの交流の大きな助けになりました。11月は〝伊佐ふるさと祭り〟として旧産業祭を引き継ぎましたので、スポーツ競技の交流とともに盛り上がりました。これも天気のおかげでした。最後はいつもの〝曽木の滝もみじ祭り〟と〝湯之尾神舞〟は例年にない快晴で気温も高く、今までで一番の人出となりました。
9月から10月にかけての1か月半は榎木孝明さん企画・主演の映画「半次郎」で伊佐はとても盛り上がりました。映画の半分以上は伊佐にセットやロケを組んでの撮影、エキストラも連日かなりの人数を集めなければなりませんでした。小道具などの制作はボランティアの皆さんの協力で、榎木さんを感動させてしまいました。榎木さんは今回の撮影を通じて、伊佐や鹿児島の皆さんの温かい心に打たれ、その後は何回となく帰郷し、各地でトークショーや交流会に出演されています。榎木さんこそ温かで熱いハートの持ち主だと思います。まさに〝半次郎〟そのものです。来年9月の一般公開になりますが、私たちも伊佐市をあげて宣伝キャンペーンに協力したいと思います。口コミが一番大切ですし、効果もありますので皆さんの応援をよろしくお願いします。
4月のNHKのど自慢テレビ放送に続き、合併記念式典、榎木さんの舞台「相思双愛」、陣之内正史先生(厚地記念クリニック院長)と向井亜紀さんの癌や健康についての講演会など、合併1年目ならではの記念行事に新市の一体感が醸成されてきました。8月の日野皓正さん、11月のマイク・プライスさん、それぞれの熱いジャズの演奏はファンへの最高の贈り物でした。私は20代の若い頃は京都のジャズ喫茶に入り浸っていましたし、ニューヨークで暮らした1年間は、ジャズのライブハウスをよく楽しんだものでした。地方で暮らしていて、まさかあの頃の新進気鋭のトランペッターが、この伊佐市1年目にお二人ともコンサートをしていただくとは思いもしませんでした。行政の人脈より市民の皆様の人脈が、合併により相乗的に増えてきた結果の活性化だろうと思います。
11月に海潮忌を文学フェスティバルとして終え、12月は市内を一周するふれあい駅伝大会や生涯学習フェスタが6日に行われますし、13日の社会福祉大会も榎木孝明さんのトークショーを交えて開催します。師走はその名の通り、急ぎ足で大晦日がきます。インフルエンザも油断できません。「気持ちが張っていれば、気合が十分なら、風邪も引きません。」と榎木さんは撮影の時言われました。雨の山中、ずぶ濡れの中での撮影シーンは忘れませんが、撮影後私はすぐに温泉で体の芯まで温まることでした。
今年の締めくくりを元気に気合十分に終りたいと思います。そして、この気合を来年へつないでいこうと思います。皆様のこの1年間のご笑読に感謝申し上げ、いい年末年始をお過ごしいただき、来る年が幸多かれとお祈りしつつ挨拶といたします。ありがとうございました。
はく息も 白く神舞の 夜は更けぬ
リンリンと サンタ良い子の クリスマス
亡き人を 句で知る師走 文芸欄 -新-
- こんな時には?